ボートの世界にも急速に訪れる電動ドライブトレインの波

BMWが先日発表したBMW i3のバッテリーシステムのドイツの電動船外機メーカーTorqeedoへの供給。実は自動車と同じように、ボートの世界にもドライブトレインの電動化の波が押し寄せているのだ。
自動車と同じぐらいの金額(船体価格で100万円〜3000万円程度)で購入出来る小型・中型ボートに採用されるエンジンは大きく分けて2種類。エンジンがボートの後ろにくっついた船外機タイプと、ボートの中にエンジンを装着しシャフトを介してプロペラを回す船内機。

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画像:ヤマハ発動機 YFR-24

前者はガソリンエンジンが主流で、後者はディーゼルエンジンが主流。理由は船外機タイプの場合は船の後ろにエンジンを装着するためディーゼルエンジンでは重く大きくなりすぎる事や、そもそも低価格帯のボートに装着されるエンジンのためディーゼルエンジンはコストが掛るため。そしてエンジンが外部に露出しているため駆動騒音の面からもガソリン4ストロークエンジンが有利。
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画像:ヤンマー EX30B

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画像:ヤンマー EX30B 船内機概念図

一方で、やや大きめのボートに装着されることの多い船内機は、ガソリンが日本やヨーロッパに比べて圧倒的に安いアメリカ製のボートを除いて基本的にディーゼルが主流。少し大きめの30フィート(9m)程度のボートだと1時間のクルージングでガソリン船外機で80L程燃料を使うところが、ディーゼル船内機なら半分以下の燃料で済むとあってボートが大きくなればなるほどディーゼルエンジンが人気な辺りは自動車とおよそ同じ理由。船内外機というタイプもあるがこちらはもう少し大きなサイズのクルーザータイプのボートで多い。
ボートのサイズにもよるがリッター辺り1km走れば上等、数百メーターもザラというボートの世界だが世界的に見て多くのオーナーは普通の市民のため燃費には極めて敏感。そこで、まだ普及段階に入ったとは言いづらいものの各国のボートショーを賑わせているのがドライブシステムの電動化。
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画像:ヤマハ発動機 F130B

ヤマハ、スズキ、ホンダ、トーハツといった、船外機の主要プレーヤー(船外機の世界では国内ブランドが世界のシェアを寡占している)は超小型船外機で電動タイプを出している以外は今の所電動化については静観しているもの、この牙城を崩そうとしている挑戦者達は、果敢に電動ユニットを開発している。
画像:Torqeedo

その一つが電動船外機ベンチャーのTorqeedoで、大きいものでは80馬力の電動船外機もラインナップしており、80馬力といえば6m、船体重量1トン程度の小型ボートを余裕で滑走させられる動力性能。絶対的な馬力よりもトルクがモノを言うボート用船外機としては、ガソリン船外機の115馬力にも匹敵する性能と考えて良い。
とはいえ外部からの給電は桟橋の上でしか得られないボートで電力源をどうするの?という所でのBMW iとTorqeedoのコラボレーションである。バッテリーとマネジメントシステムの供給先を探しているBMWと、同じくバッテリーシステムが悩みの電動船外機メーカーの夢のコラボというべきだろう。
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画像:Torqeedo、BMW i

新型BMW i3に搭載される94 Ah/33 kWhタイプのバッテリーが供給され、同社が既に市場投入している160馬力タイプの船内機システムと組み合わせた小型ランナバウトボートがプロトタイプとして発表されたが、33kWhバッテリーのBMW i3でも全開で踏み続けると1時間程度しか航続出来ないことを考えると、今回のプロトタイプのボートでも全開では1時間程度しかクルージング出来ないが、そもそもこのタイプのボートは湖などの平水面で走るためのボートのため航続距離は十分ではないものの現実的なものと考えられる。
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画像:Torqeedo, BMW i

ヤマハ辺りが電動ユニットに本格的に参入してこないのはこの航続距離の問題があると考えられるが、一方で基本的には帆で走行する事を想定しているセーリングクルーザー(日本語で言ういわゆるヨット)には、このような大容量バッテリーと電動モーターを採用したシステムが長期的には主要な補助動力源となるのは確実と視られている。世界的に見てセーリングクルーザーの補機ではヤンマーが市場を寡占しているがこちらも沈黙を保っているのが現状だ。
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画像:Greenline Hybrid 33

海外ではボルボ製のディーゼルエンジンにプラグイン式のシリーズハイブリッドシステムを組み合わせた、電動クルーザー専業ブランドなども登場している状態にあって原動機の部分で市場を制覇している国内ブランドが黙ったままなのかというとそうでもなく、例えば、マリン事業ではチャレンジャーであるトヨタマリンは、今年発売した新型PONAM-28Vをベースにした、パラレルハイブリッドシステムを搭載した実験船を開発したと既に発表しており、来年からは東京都内で実証実験を行う。ヤンマーとトヨタのマリン事業は提携関係にあるため、トヨタのパラレルハイブリッド技術が市販艇に採用されるときにはヤンマーにも技術供与が行われるのではないかとも想像出来る。
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画像:Greenline Hybrid 33 システム概念図

ボートでは構造上、エンジンをスターン(後部)デッキの後ろに露出させて積むか、キャビンの床下に設置するしか方法のないため、エンジン音は非常に大きな問題。バッテリーによる完全電動化やプラグインシリーズハイブリッド化してしまえばエンジンの設置位置に制約が少なくなりレイアウト上のメリットもある。また、航行中や停泊中に空調や家電などで使用するための電力という意味でも、電動化のメリットは非常に大きい。
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画像:トヨタ自動車 PONAM 28-V パラレルハイブリッド実験艇イメージ

世界各国では、積極的に水素燃料電池を電力源に用いた船舶の実験が行われており、日本でも東京海洋大学とNREG東芝が水素燃料電池船の実験を実証実験を開始しているし、国土交通省も2020年をめどに水素燃料電池船のガイドライン策定を進めていることが既に公表されている。
船舶のために開発された技術は自動車に、自動車のために開発されてきた技術は船舶に使われてきた歴史が物語る通り、今急速に自動車の世界に起きている電動化による技術革新は確実に船舶の世界にも訪れようとしている。船舶にとってGPS技術がもたらした革命は、自動車に与えたそれの比べ物にならない(従来海図や電波航法に頼っていた航海技術が世界中どこでもGPSを受信することで自船位置が正確に把握できるようになった)が、電動化の革命は恐らくそれ以上。この先10年で訪れる電動化、そしてその先にある燃料電池化の流れと、日本が世界を制覇している船外機と小型ディーゼル船内機テクノロジーの行く先を見つめて行きたい。
文:編集部